堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
「そうしたいのはやまやまだけど。私、この後も仕事があるのよ。奥の、ボックスでいいわね」
 アンディの期待は大いに外れた。だが、焦らされるのも悪くはない。

 マリーは目の前の店員に告げ、奥のボックス席へと移動した。

 彼女が先にソファに座ると、すかさずアンディもその隣へと腰をおろす。そして、そっと彼女の背中に手を回す。すると、マリーはそっと自分の頭を彼の肩に預けた。アンディの肩に彼女の重さと温かさが加わった。

「例の婚約者。誰かがわかったわ」
 マリーがそっとアンディの耳元で囁く。小さく怪しく、そして妖艶に。その言葉を紡ぎ出す唇の動きさえ、色っぽい。

 彼は表情を変えずに「誰だ」と尋ねる。

「フランシア子爵家の娘よ」
 色っぽさを残さないように、その言葉は淡々と紡ぐマリー。

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