堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
「いえ、あの。その。そういうことは、その、まあ、はあ、致していないのです。兄たちにも笑われたのですが。えと、まあ。それで、その。いろいろと、ジル様が初めてになります。まあ、あれは事故みたいなものですけど」

 エレオノーラのその言葉を聞いて、ジルベルトは驚いた表情をするとともに、満足そうに笑みを浮かべた。そして、すぐに真面目な表情になったかと思うと、彼女の手首を掴んでいない方の手をエレオノーラのほうに伸ばした。
 それはエレオノーラの頭の後ろ、つまり後頭部を支えたかと思うと、ぐっと力を入れる。ジルベルトの顔が迫ってくる。いや、動いているのはエレオノーラの頭の方だから迫ってくるという表現はおかしいかもしれない。ぶつかると思って目を閉じた。

 唇に温かい何かが触れた。この感触は、あの事故のとき、ジルベルトと唇が触れてしまったときとの感触に似ている。だが、恐ろしくて目を開けることができない。
 いつまでそうしていたのか。ほんの数秒のような気もするし、数分だったような気もする。後頭部に置かれた手が離れたのを感じて、エレオノーラは顔を離した。

「これは事故ではない」

 ジルベルトが真面目な顔をして呟いた。
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