堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
「アンドリュー・グリフィン公爵……」
 ジルベルトがその名を呟いた。彼とは確か建国記念パーティで挨拶を交わしたはず。

「やはり、グリフィン公爵が黒幕だったのか」
 ダニエルは誰にも聞こえないように呟いたつもりだったが、しっかりとジルベルトの耳には届いていた。

「グリフィン公爵。妹を解放していただきたい」
 ダニエルは一歩前に出た。

「妹? そうか、君が第零騎士団か。彼女は第零騎士団をつぶすにも都合のいい人物というわけだ」

「グリフィン公爵は何をお望みか?」
 多分、こういった交渉術はジルベルトよりもダニエルの方が向いているのだろう。

「望み? それは君たちが私を見逃してくれること、だろうね」

「それは、なかなか難しい交渉だな」
 ダニエルは左手の手のひらを上に向けて、肩をすくめてみた。

「そう言うだろう、と思っていた。私たちも最初から期待はしていないさ。ね、マリー」
 グリフィン公爵は相棒の名を優しく呼んだ。名を呼ばれた彼女は、どこかに隠し持っていた一本の注射器を手にしていた。

「これが何かわかるかしら?」
 その注射器を見せつけて、マリーは口の端を持ち上げた。それを、掴んでいる彼女の首元に向ける。恐らく彼女もそれが何であるかを悟ったのだろう。顔を背けて、震えていた。
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