堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
「ジル様。私、おかしいんです」
 耳元で言う彼女の声も少し震えている。

「どうした? どこか怪我でもしたのか?」
 先ほど暴れた時に、どこか身体をひねったのだろうか、と心配するジルベルト。

「いいえ、怪我はしていません。ですが、私、ジル様に好かれたいと思っています」

 ジルベルトは再び足を止めた。だが何も言わない。むしろ、何も言えない。

「ジル様が、私に対して責任をとるために婚約してくださっただけなのに。私は、ジル様に好かれたいってそう思っているんです。ですからもう、婚約者を演じることができません」

 ジルベルトの婚約者という仮面をつけることができない。仮面をつけることができなければ、もう演じることはできない。だから、自分は彼の婚約者として失格なのだ。

「だったらもう、演じる必要は無い」
 ジルベルトは静かに呟いた。

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