堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
 ただ、その通訳の中でも会食での通訳は最悪だった。
 何しろ、目の前にご馳走が並んでいるのに食べられない。食事のタイミングを見計らって、エレオノーラは声をかけなけなければならない。しかもバーテールの言葉から通訳した内容を。さらにこのクラレンス、料理を美味しそうに食べるものだから、エレオノーラにとっては拷問だった。何度お腹が鳴りそうになったことか。
 早く終わってくれ、と何度も願うしかなかった。

 その願いが叶ってなのか、やっと会食が終了した。
 部屋に戻ろうとしたエレオノーラは、侍女に呼び止められた。彼女はこっそりとお菓子を渡してくれた。ありがとう、と受け取り、その場で口の中に放り込んでみた。どうやら、バーデールのお菓子らしい。優しい甘味が口の中に広がると共に、その侍女の温かさが心の中に広がった。
 見知らぬ土地であるからこそ、こういった人の優しさが嬉しい。

 今日のお勤めは会食時の通訳まで。それが終われば今日の業務は終了。ドミニクも終了。つまり、通訳は不要という時間になった、ということ。
 エレオノーラは着替えると、隣のドミニクの部屋へと向かった。廊下に誰もいないことを確認して。

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