堅物騎士団長から妻に娶りたいと迫られた変装令嬢は今日もその役を演じます
 いや、エレオノーラだって詳しくは知らない。ショーンからはこの高級レストランでドミニクと一緒にご飯を食べてこい、と指示を受けただけだから。

「ちなみに、フレディの名前で予約してあります」

「可哀そうなフレディ。名前だけ使われるなんて」
 この場にいない弟を同情して、ドミニクはそう小さく呟いた。

 そのレストランの中に一歩踏み入れると、自称魅惑の美女は魅惑の美女らしい振舞をし始めた。ドミニクも騎士団の仕事だと思えばいつもの広報部としての振舞が可能となる。このドミニクは公私混同をしない、オンとオフを使い分けができる男なのだ。ある意味、潜入調査向きともいえるのだが、それを本人に言うと怒られそうなので、エレオノーラは黙っている。

「こちらへどうぞ」
 店員に案内されたのは窓際のテーブル席。街の明かりがポツポツと下に見える。もっと奥に目を向ければ、その街の明かりが途切れて、闇。華やかな場所との境界線のようにも思えた。

 食前酒が運ばれてきたので、二人は見つめ合ってそれを飲む。二人はあえてバーデールの言葉ではなく、母国の言葉で話をした。何を話しているのかなんて、周囲にはわからない。わかるのは、ただ二人が楽しそうである、ということ。それを周囲に見せつけること。
 そして、そんな二人を鋭く見つめる視線があった。
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