花笑ふ、消え惑ふ
道場はがらんとしていた。
夕餉前のこの時間に好き好んで自主練をするやつなどそういない。
だから来たというわけではないが、気がつけば道場に足が向かっていた。
汗の染みこんだ道場の床に足を踏みいれた瞬間、自分の単純さにおもわず笑ってしまう。
俺には剣か酒しかないのか。
負の感情を発散させる対処法の少なさに、自分でも失笑せざるを得なかった。
それでも俺にはこれしかない。これしかできない。こうするしか、知らなかった。
無造作に壁に立てかけてあった竹刀を手に取った。
ひとりでできることは限られている。
とりあえず素振りでもしようと、竹刀を振りかぶろうとしたときだった。
「お相手しましょうか」
後ろから聞こえてきた声に、もうすこしで竹刀を落としそうになった。
最悪だ。よりにもよって、いまいちばん会いたくないやつが来た。