花笑ふ、消え惑ふ
「まだ出来ぬのか」
その日、芹沢は気が立っていた。
道中からどことなく不機嫌だった芹沢は、どうやら酔っているようで。
赤ら顔のままふらりと立ち寄った茶屋で、注文した品がなかなか来ないことに腹を立てているらしい。
まっ青になった茶屋の主人はひたすら芹沢に頭を下げている。
「貴様、この儂を誰だとわかっての行いだろうな?」
「も、申し訳ありません……!」
周りの客たちは巻き込まれることを恐れてだろう。みな知らないふりをするか、そそくさと勘定をして店を出ていく。
しんと不気味なほどに静まりかえる店内には、芹沢の地を這うような低い声と、店主の弱々しい震え声だけが演者のように際立っていた。
「…芹沢さん、もうすこし待ちましょう!ね?」
一緒に来ていた流がそっと伸ばした腕を、芹沢は見るともなく振り払った。
頭に血が上りきっているのか、もはや流のことも見えていない様子だった。
ひらり、地面に白い布のようなものが落ちる。
振り払われた拍子に、流のつけていた手袋が外れてしまったのだ。
手袋をひろった流はそれを胸に押し当てるようにしながら、芹沢の大きな背中を見つめる。