花笑ふ、消え惑ふ


永倉はすぐには言葉を発さなかった。


下に向けられた顔は、なにかを考えこむというよりも、頭のなかに流れ込んでくるなにかを受け入れているようだった。

きっとたくさんの思い出が永倉の脳内を駆け巡っているのだろう。


悲しいこと、楽しかったこと、苦しかったこと、嬉しかったこと────彼らの中だけで色を成し、そして褪せることのない記憶。





「……あーあ」


その言葉は投げやりでも、呆れでも、かといって悲しみを含んだものでもなかった。


すっと顔をあげた永倉ははじめは笑い、

そしてぐっと唇をかみしめ、

最後にはその桑の実色の瞳に涙を浮かべた。




「こんな最後を迎えるような人じゃ、なかっ…なかった、んだけどさぁ」


あと一度でも瞬きをしてしまえば、それは落ちてしまうだろう。

だけど永倉は最後まで落とさなかった。


無意識なのか意識しているのか、絶対に零すことはなかった。


言葉は吐き出しても、それだけはまるで誰かのためにとってある、とでもいうように。


< 150 / 182 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop