花笑ふ、消え惑ふ
第一章
子供のままで
京の夜は江戸の夜よりも幾分静かだった。
流は生まれてこの方、江戸から出たことがなかった。
吉原であのような事件を起こさなければ、江戸の外どころか、吉原の大門を生きているうちにくぐれることもなかっただろう。
皮肉なことに、初めて目の当たりにした京の町は、あの日の吉原のようにひどく静まりかえっていた。
流の前を歩くふたりも、とくにこれといった会話を交わさない。
一行がしばらく歩いてたどり着いたのは、大きなお屋敷だった。
門の表札に書いてある『壬生浪士組屯所』という文字に、流はあらためて理解する。
────京にいる将軍さまをお守りするために、江戸から上洛した人たち。
だから総司さんも土方さんも京の訛りがないんだ。
門を抜けてすぐ、屋敷の縁側に腰掛けていた影が流たちに気づいた。
酷暑は過ぎ去ったとはいえ、まだ夜は蒸し暑い日が続く。
避暑のためか水の張った桶に足をつけていた男が「おー」とゆるりと笑った。