花笑ふ、消え惑ふ
は、と総司が短い息を洩らした。
「なんですか、それ」
静かな声から、怒っていることがひしひしと伝わってくる。
当たり前だ。
「……稽古、お前にばっか負担かけちまったよな」
「は?あれくらいでぼくが根を上げるとでも?」
「え」
「そんなことどうだっていいんですよ」
「は」
じゃあなんでこいつは怒ってるんだ。
もしかして……
「俺のためを思って……?」
「違います。なんでぼくが永倉さんのためを思わないといけないんですか」
すこしでも期待した自分に消えたくなる。
顔を覆う俺にかまわず総司がこう言った。
「56勝62敗。これなにかわかりますか」
「え、なに……?」
「ぼくと永倉さんの手合わせの勝敗数です」
その言葉に思わず目を見開いた。
「は、お前……いままでの試合、全部数えて……」
「ぼくはまだあんたに追いついてない。一度だって追い越せてないんだ。それなのに……勝ち逃げとか、ほんとにありえないです」
すこしずつ饒舌になってくる総司は、いつか見た日と同じだった。
目尻を赤く吊り上げ迫ってくるその姿はまだ記憶に新しい。
「負けるのが怖くなった?だから逃げた?そんなの知りませんよ。ぼくは……ぼくはあんたと二度と手合わせできなくなることが怖かった!」
「あ、あの……総司……」
「ぼくの師匠は近藤さんです。あの人がいたからいまのぼくがある。なんだってするし、どこまでもついていける。あの人のためなら死んだっていい。ぼくが刀を振るい続けるのは、先生がいるからだ」
気持ちが昂ぶったら近藤さんのことを先生と呼ぶ、その癖は昔から変わらない。
すこし盲目的なところもあるが、総司は近藤さんのことを誰よりも慕っていた。
近藤さんも懐いている総司をとても可愛がっている。
それは誰の目から見ても明らかだろう。
「でも……でも、あんただって……っ」
総司が俺の衿元をぐっとつかんで引き寄せた。
自分よりすこし低い位置にある鋭い眼光がまっすぐにこちらを見据えている。
いつだってこの男は、まっすぐだった。
そう、こんな俺にでも──────
「あんただって、ぼくの剣の師なんだよ!!」