花笑ふ、消え惑ふ


拳を振るわせ、荒い息を繰り返していた総司が。


俺の顔を見て、するりと衿元から手を離した。



「……んで、泣いてるんですか」


言われるまで自分が泣いてることに気づかなかった。

頬に手をやると冷たいものがさらに広がる。



「なんで、あなたが泣いてるんですか……いい年して、なんで……」


なぜ自分が泣いているのか、わからなかった。

わからないまま、涙があふれ続ける。

これは違うんだ、と説明しようとして顔をあげて、ぎょっとした。


総司も泣いていたからだ。

その血の色をした瞳からぼろ、と大粒の涙がこぼれた。

まるで泣くのを我慢する幼子のように唇を噛みしめている。



「ごめ、俺、ど、どっか痛い?怪我したか?」

「してません。泣いてません」

「ええ……」


じゃあなんで泣いてるんだよ。泣いてるよ、お前。


そう思ったが、俺もなんで自分が泣いてるのかわからないのに人のことは言えない。



「もう出てってください。さよなら」

「もう一つ訊きたいことがあるんだけど」

「は?まだあるん──」

「あのとき、なんて言いかけたんだ?」


あのとき?と総司が眉をひそめた。




「道場で芹沢さんのこと……俺が殴りかかったから、最後まで言わなかったろ」


芹沢さんの名前が出た瞬間、総司のからだが無意識に強張った。



「……言ったらまた殴られますもん」

「言えよ」

「怒らない?」

「それは内容による」


言うべきかどうか迷ったんだろう。

逡巡するように間を置いたあと、観念したかのように総司が口をひらいた。




「……あの人は」




────どうしようもない馬鹿だ…、って、言おうとしたんです。


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