花笑ふ、消え惑ふ
犬でしかない
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ふと自分の名前を呼ばれた気がして立ち止まった。
「局長も土方副長も、ちょっと沖田組長のこと贔屓にしすぎだと思わない?」
やっぱり。
曲がり角から聞こえてきたのは自分の名前。
いかにも不満ですといったその声色は、おそらく最近入隊したばかりの隊士のものだろう。
金嗣というその男は、ぼくより二つか三つほど年上なのにもかかわらず、いつかの永倉さんのように怠け癖があり、隙あらば楽をしようとする、そんな人物だった。
「たしかに剣の才能はあると思うけど、それ以外はからっきしじゃん。隊士には厳しいし、色茶屋に誘われてもほとんど行かないし。なーにが楽しくて生きてんのかね」
随分と好き勝手言ってくれる。
それでも怒りは沸いてこなかった。
これくらいの陰口は慣れっこだったし、それに、まあ、事実だし。
とっくにわかりきっていることを他人に指摘されたところで痛くも痒くもない。
「沖田組長、人を斬ってるときがいちばん楽しかったりして」
「……」
僕は腰の得物に目を向けた。
いままで多くの血を吸ってきたその刀身にはなにが映るだろう。
いますぐこれを手放せば、一体どれくらい軽くなれるだろうか。
なんて、手放す気なんてさらさらないのだけれど。
それでも何十回、何百回と考えたことだった。