花笑ふ、消え惑ふ
月夜とおおかみ
◇
「私情で動くなんて、本当にあなたらしくないですね」
部屋を出ると、廊下の突き当たりから総司が顔をのぞかせた。
顔は笑ってこそいるが、なにか思うところがありそうだ。
血の色をした瞳は、静かな紅だった。
「……お前、部屋に戻ったんじゃなかったのか」
「いったんは戻りましたよ。でもやっぱり気になって」
「俺は好みでもねえ女にゃ手出さねーぞ」
「そっちじゃないです。そこはどうでもいいんです」
じゃあなにを。
俺が渋々訊くよりも、総司が核心を突くほうが早かった。
「“あの子、ちょっとおかしいですよ”」
「……」
「つい先日、何十人もの人を殺している者の精神じゃありません」
あまりにも落ち着きすぎています、と。
総司は自分と照らし合わせているのか、一瞬だけ暗い目になった。
この男──沖田総司は隊士の中でもずば抜けて剣の筋がいい。
そして誰よりも多く人を斬ってきた。
だからこそあの女の異様さを敏感に感じ取ったのだろう。