花笑ふ、消え惑ふ
消えた手袋
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「ぐーすか寝てるなぁ」
浅い眠りから流を起こすのに、それは充分な一声だった。
壁にもたれかかって寝ていた流はゆっくりと目をあける。
「てかなんでこんなとこで寝てんの」
また頭上から声がかかった。
床に敷かれてあった薄い布団に流はいっさい手をつけていない。
隅っこで座ったまま寝る癖が、どうやらこの10年で身についてしまったらしい。
「にしても、あんたけっこう図太いな?普通だったらこの状況で一睡もできないもんじゃないの?しかもこんな男所帯のむさ苦しいところでさ」
「ん、え……?」
「まだ一部の人間しかあんたの存在は知らないとはいえ、夜這いされないとも限らないんだから、もっと危機感持ったほうがいいよ……って、それはおれたちも同じなんだけど。でも考えてみ?こんな小娘に危機感持てって言われても、ねえ?」
「……え、あ、すみませ──」
男の舌はそれはそれはよく回った。
寝起きでぼんやりする頭ではなかなか追いつけなくて、とにかく男の顔を見あげたときだった。
「っひゃあ!?」
視界いっぱい広がった顔に、流の意識は一気に覚醒する。
驚きのあまり後ろに引いた頭が、勢いあまって壁にゴンッとぶつかった。
目の前の男は────顔がなかった。
のっぺらぼうというべきか。目も鼻も口も、その顔にはなにひとつ付いていなくて。