花笑ふ、消え惑ふ
犬じゃない
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「ここであってるのかな?」
流は着替えを持たされ、風呂までの道のりをひとりで歩いていた。
他の隊士には見つからないように、と釘を刺されたものの。
こうもほっぽり出されて見つかるな、というほうが酷なように感じた──が。
『見るに耐えない。薄汚いどころか、汚い。何日間山にいたらそうなるの。山猿のほうがまだ幾分綺麗だね。きみは猿以下だ』
『そ、総司。そこまで言わんでも……ながれ、身体を洗ってきたらどうだ?この時間は誰も使っていない。平助のお下がりの着物でも貰って、ゆっくりしてくるといい』
『オレのお下がり!全部ふんどしにしちまった気がする。戻す?』
『戻せんだろう。じゃあ総司のを……』
『……』
『そんな嫌そうな顔をするな!ながれが見てるぞ!』
そんなこんなで、流は総司が少年のころに着ていたというお下がりを貰っていまに至る。
ふと顔を右に向けると、敷地内には大きく古びた道場があった。
中からはいくつもの男の声と、竹刀や足を鳴らす音が聞こえてくる。
たぶん、おそらく、他の隊士は稽古中なんだろう。
流はそうっと、だけどささっと道場の横を通りすぎた。