花笑ふ、消え惑ふ
あ、と思うのと、男がこちらを振り返るのはほぼ同時だった。
寝ぼけ眼で流の姿を確認した瞬間、それまで眠そうに閉じかけていたまぶたがかっと見開かれた。
「え!女の子じゃん!島原の子?もしかしなくても、出張奉仕?」
「あ、や、あの……!」
「そんなとこじゃ寒いでしょ、おいでおいで!」
男は流のことなんかお構いなしに、ぐいぐい腕を引っぱってくる。
────この人、遠慮もなにもない!!
流は手袋を外していた。つまり、素手。
ほんのすこしでも手に触れてしまえば人はみな、花と化す。
どうやら男は流の顔を知らないようだった。
だからこんな大胆なこともできるんだろう。
「てかほっそいなぁ、よかったらうちで朝餉食っていきな~?」
「っ、ちょ、まっ……!ひっそんなとこ触っ、」
遊郭慣れしているのか、単にそういう性格なのか。めちゃくちゃ普通にお触りしてくる。
本当に自分のことを島原から出張してきた女だと勘違いしているのかもしれない。
流は引き込まれそうになって、必死に足を踏ん張って。
「やっ……っ、────……、」
ぐっと言葉を呑み込んだあと──もうすこしで手に触れられそうなことに気がついて。
それが引き金になったかのように、悲鳴にちかい叫び声を上げた。
「だれか!助けてくださいーーっ!!」