花笑ふ、消え惑ふ
「春色梅児誉美ですか」
「なんだ、流ちゃん知ってたの。これすこし前のやつだよ。意外と読書家なんだね」
春色梅児誉美はいわば四角関係の恋模様を描いた、人情本の代表と言われる作品だった。
わたしはお客さんから本を受け取り、裏返してみたりぱらぱらめくってみたりする。
「でも、これってたしか絶版処分になってしまったんじゃ……」
「そうそう。ずっと隠し持ってて。でもバレちゃいそうだったからさ、ちょうどいいやと思って」
「そうなんですね」
風俗を乱すとして絶版になった本がいまわたしの手元にある。
個人的にはかなり取っておきたかったけど、お客さんが望むのであればしかたがない。
「……瞬き厳禁。触れたものは元には戻りんせん、お許しなんし」
大部屋で披露しているときの癖でつい、いつもの謳い文句までつけてしまった。
恥ずかしさを誤魔化すようににこりと笑い、口を使って手袋をはずす。
「──────さあ、とくとご覧あれ」