花笑ふ、消え惑ふ
わたしの水揚げ──つまり、はじめてのお客さんは、江戸でも名の通ったお侍さまだった。
なぜ新造をあがりたてのわたしを指名してくれたのかはいまでも謎。
もう、そのことを確認するすべはないけれど。
……あのときのことはいまでも覚えている。
忘れられない一夜だった。
「──……れ、──ながれ、流」
何度目かの呼びかけに、はっと我にかえった。
顔をあげると、そこには呆れ顔の男の人が立っていた。
旗本楼・楼主の旗本さんだ。
『わたし、どこか、いくの?』
『大丈夫だよ。これからはうちで面倒を見てあげるからね』
あの日、幼いわたしを迎えにきたのも旗本さんだった。
もうずっと昔のことなのに、つい昨日のことのように感じてしまうのは。
きっとここでの生活が忙しく、流れるように一日が過ぎていくからだろう。