花笑ふ、消え惑ふ
すると永倉はふっと笑って、また酒を飲んだ。
自嘲的にもとれるその笑みは見るものすべてを魅了するかのような妖艶ささえあった。
たぶん、お千津が酔っている永倉に近づかない理由はここにある。
容易に近づいて惚れてしまったら大変だからだ。もうここでは働けなくなるほど、恋事にうつつを抜かしてしまいそうになるの、と。
ここは美形揃いだから目の保養にはなるけれどね、と以前お千津が流にだけ打ち明けてくれたことがあった。
「たいへん、ね。そりゃそうだよなぁ。だってひとりで教えてんだもんな」
「あの、永倉さん……お酒、そんな一気に飲まれたら」
「でもあいつ、それでもしっかりやってんだろ」
「えっ?」
半ば自棄のような声色に、思わず永倉を見やる。
しかし永倉は、流のほうも、道場のほうも見ずに空を見あげていた。
どこまでも続く青空にぽっかりと浮かぶのは大きな灰色の雲。
あんなにも重そうなのに、空から落ちてこないのだろうか。
「流は雲か石だったら、どっちがいい?」
「雲か石?えっと、その二択なんでしょうか」
「そう。どこまでも飛んでいける、大きくなれる雲か。小さく欠けるしかない道ばたの石ころか」
ちょうど永倉も雲を見ていたのか、そんなことを聞いてきた。
返答に困り、眉を下げて首を傾げる。
流が答えようとしたのと、永倉が話を変えたのはほぼ同時だった。
「みんな気合い入ってんだ。最近、ようやく認められだしたからさ」
「それは……数日前のこと、でしょうか」
「まあ目に見える功績でいえば、そうだな。名前が変わったことが大きいだろうよ」