花笑ふ、消え惑ふ
昏倒したのかとあわてて顔をのぞき込めば、その目は空に浮かぶ雲を追っていた。
「なあ流。どれだけ頑張っても追いつけない存在に、一度でも打ちのめされたことはあるか。自分の信じているものを、蔑ろにされたことはあるか」
「えと……ない、と思います」
「はは、そりゃそうだ。身の上がいろいろ複雑とはいえ、まだ15だもんなぁ。俺とは9つも違う」
ひっく、と赤ら顔でしゃっくりをした永倉はふたたび身を起こして。
「ま、そのうちわかるときがくるはずだぜ」
遠回しに、いまのお前にはわからないと言われているようだった。
それを言わない優しさ。
逆に、突き放す冷たさ。
「あーあ、俺も雲だったらよかったのになぁ」
「いまから雲になることできないんですか?」
「そりゃ無理な話だ。生まれつき決まってんだよ、どれだけ頑張っても石は空に浮かばない」
永倉は近くにあった小石を空に向かって投げてみせた。高く浮かんだのはほんの数秒、すぐに落下してきて。
跳ねたそれはぽちゃんと池の中に沈んでいく。
小石の顛末を見届けた永倉はにへらと笑ったあと、もう空を見上げることはなかった。
壬生浪士組あらため新撰組の道場から、隊士たちの稽古に励む声が聞こえてくる。
流が大量の洗濯物を干し終わってもなお、永倉は縁側に座って酒を呷りつづけていた。