溺愛結婚は突然に〜ホテル王から注がれる、溢れるほどの愛〜
出会い
「Place your bets please(掛け金を置いてください)」
フェルトのような柔らかな質感。その青みがかったグリーンの台の上で、私はディーラーの穏やかな声に従うように積み上がったチップを静かに動かす。
「……Banker(バンカーで)」
ぽつりと呟くと、ディーラーが
「……Good luck(幸運を)」
とにこやかに微笑む。
それに私も笑みを返すと、ゲームが始まった。
このテーブルには今、私と目の前のディーラーの二人だけ。
少し離れたテーブルには、他のゲームを楽しむ人々が大勢いた。
────ここは、アメリカのラスベガス。その中心部にある有名なホテル、ベラージオだ。
その中にある四千五百坪を誇る広大なカジノは、常にたくさんの客で賑わっている。
あちこちで落胆する声と勝利に歓喜する声が響き渡り、皆楽しそうだ。
そんな賑やかな空間で私は今、一人寂しくバカラの台でチップを賭けていた。
「Congratulations.And the banker wins. (おめでとうございます。バンカーの勝利です)」
私を称賛する声に合わせて、配当からコミッションを引いた分のチップが私の元へ戻ってくる。
それを見つめながらスタッフを呼び、ワインが注がれたグラスを受け取ってスタッフにお金を渡す。そしてグラスを口元に傾けた。
加賀美 紅葉。二十三歳。
日本では名の知れた旧財閥系の総合商社、【加賀美商事】の現会長の孫の一人。
加賀美商事は主にインフラビジネスを主に取り扱っており、日本国内のみならず海外にもたくさんの支社を持つ業界最大手の企業だ。
父親は加賀美商事の副社長を務めており、私はその一人娘。現在は加賀美商事の総務部総務課でOLとして働いていた。
そんな私は、今日は加賀美商事の現会長であるお祖父様の誕生日を祝うパーティーのためにここ、ラスベガスを訪れていた。
おそらく今現在もラウンジではパーティーが盛り上がりを見せているだろう。
では何故、私は今そのパーティーに参加せずにカジノで一人、ワインを嗜みながらバカラに勤しんでいるのか。
それは、一時間前まで遡る。
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