溺愛結婚は突然に〜ホテル王から注がれる、溢れるほどの愛〜
「……だって、そうだと思わないと倒れちゃいそう……」
無意識に唇をそっと指でなぞる。
すでに熱が消え去ってしまったそこは、確かにさっき小田切 優吾とキスを交わした場所だ。
ただお互いの唇が触れるだけだった。それなのにあの感触は忘れられないくらいに甘く刺激的だった。
彼の言う通り私はあんな甘いシチュエーションには慣れていなくて。
男性経験も乏しくて男慣れしていなくて。
あのキスが、あれが私のファーストキスだって知ったら。
彼は、一体どんな顔をするのだろう。
驚くだろうか。また妖艶に微笑むのだろうか。
男性経験に乏しいどころか、未経験だとわかったら。
そう考えているうちに眠れなくなってしまい、あっという間にカーテンの向こう側がぼんやりと明るくなってくる。
「……散歩でも行こう」
ドレスを脱いで、シフォンワンピースに着替えてから部屋を出る。
ホテルのエントランスを潜ると、早朝特有の爽やかな風が頬を撫でた。
六月初旬。季節は初夏だ。しかし日本とは違い、ラスベガスの六月は早朝でも二十五度を超える暑さだ。これが日中になると四十度近くまで上がり、年間を通してほとんど雨が降らないため常に空気が乾燥しているのだから恐ろしい。
段々と上がる気温と乾燥した空気に僅かな喉の渇きを感じながらも、今は穏やかな噴水の周りをぐるっと一周する。
時間が時間だからか、人の姿は疎らで鳥の囀りが聞こえる。
周りを見上げれば様々なカジノホテルが壁のように四方八方を囲んでおり、それぞれのホテルのコンセプトによって同じラスベガスにいるのに向く方向で一瞬にして国が変わる感覚。その凄さには圧倒されるばかりだ。
しばし外の空気に触れ、三十分ほどでホテルの中に戻った。
それから部屋に戻るもやはり目が冴えてしまって眠ることができなくて。
寝ていないから酔いが覚めているのかどうかもよくわからない。
ホットコーヒーを淹れて、その温かさにほぅ……と息を吐いた。