夜が明けぬなら、いっそ。
序章
ふわり、ふわりと、空から雪が降ってきた。
山奥を目指していた男の足は止まって、寒さに身を震わすよりも見上げた夕暮れ空。
「───…こゆき、」
幾ヵ月ぶりだろう。
その名前を口に出したのは。
「…またお前の季節がやってきたよ、小雪。俺達が出会った雪の降る夜だ」
若き青年は泣きそうな声でつぶやいた。
どこにいるだろう、どうしていただろう、本当はずっと会いたかった。
そんな思いを握り締めるように生きる日々は、想像していたよりもずっとずっと過酷だった。
「あの、すみません」
「ん…?なんじゃ?」
通り過ぎる老婆に声をかけてみた。
この集落の民家に身を寄せているとは聞いていたが、本当かどうかは不明だ。
「この辺りに……“トキ”という女の子は暮らしていませんか?」
「トキ…?」
「はい、トキという名の女の子です」
「そんな子はおらんな。ワシはこの町の人間なら全てを把握しておるが、聞いたこと無いわい」
「そう…ですか」と、青年は声を落とした。
やはり自力で1つ1つ探し当てるしか方法が無さそうだ。
「…さすがに“出雲”とは言ってないだろうしな」
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