夜が明けぬなら、いっそ。




こんなにも静かだったのか。

雪の季節は終わって風もない夜だったが、静かすぎて逆に落ち着かないくらいだ。



「…これしか無かったと言ってなかったか」


「そんなのは嘘だ」


「…お前は嘘ばかりだな」


「確かに否定できないや。でも、泣かないでくれ小雪」



頬にそっと重ねられた手。

涙の跡をなぞるように撫でたあと、唇の横に付いた血も袖で拭ってくれた。


そんな動作をして堪らなくなったのだろう。

少し焦ったような、泣きそうな顔をしたと思えば、体重が乗らない程度に抱き締めてくる。



「…小雪、お前にしか頼めないし頼みたくない。お願いだ、……俺のお嫁さんになって」


「…嫌だ」


「口調だって今のままでいい、そのままの小雪でいい。確かにお前の言ったとおりかもしれないと思ったよ」



俺には大人しい娘じゃなく、小雪のような子が似合ってる───。


そんなのは冗談だった。

おしとやかな娘がお前にはお似合いだ。
そう、冗談だったんだよあんなのは。



「…そんなの知らん。20も年増な醜女、すごくお似合いだと思う」


「……小雪、このまま襲って物理的にも断れないように出来るよ俺は」


「そんなことしたら即座に斬る」



くすくす、吹き出したのはどちらが先か。

背中に回せない私の分も、そいつは苦しいくらいに抱き締めてくる。



「どうして……この子がこんな目に…」



そんな声を聞いて、気を失うように瞳を閉じた。








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