夜が明けぬなら、いっそ。
無上の七
「では景秀、小雪。頼んだぞ」
どこにでも売られる、そんなありふれた着流しに袖を通したのは徳川 家茂。
髷を隠すように手拭いを頭に被せて刀を置いて、護衛として付き人となった私と景秀へ信頼の眼差しを送った。
「任せて」
「命に代えてもお守り致します」
私と景秀も同じように町人の格好。
いつもの袴ではなく、地味な着流しを着つつも様になってしまうそいつ。
私といえばどこにでも歩いていそうな、少し仏頂面の町娘(もちろん懐には小太刀を隠し持っている)に変わってしまった。
若者3人、周りから見れば幼なじみや友達同士が町へ出かける絵面にしか見えないだろう。
そして残された城には当たり前の動作で将軍の影武者が置かれて。
「忍も数人は後ろに付けてる。そんなに固くならなくても大丈夫だよ、小雪」
「……阿保、そういう問題ではない」
もはやため息すら出ない。
こいつはもう放っておけばいいかと、そんな私達を見て家茂公は笑った。
徳川 家茂はどうやら、狂言を観覧することを1つの趣味にしているらしい。
普段はこの城に呼んで披露させていたのだが、こういう機会も早々ないと。