夜が明けぬなら、いっそ。
こんな会話、今しか出来ない。
この徳川 家茂に対してこんなにも兄役のように軽口を叩けてしまうのは。
そしてそれが許されるのも、こうして誰も見ていない2人のときだけ。
「…お主だろう。小雪が探している人間というのは」
「察しがいいね、やっぱり」
「…あの事件は余がお前の次に知っているからな」
昔から仲が良かった。
この男が征夷大将軍に任命される前から、こうして人目を盗んで他愛ない話を繰り返す兄弟みたいな。
それが俺と家茂くんの関係。
「家茂くんだけだったっけなぁ。拷問部屋に連れてかれる俺を見て泣きながら止めてくれたのって」
「…もう昔のこと。その話は嫌いだ、景秀」
「まだ7年前さ。俺にとっては最近だよ」
あの頃は可愛かったってのに。
けいしゅう、けいしゅうって言って監視の目を盗んで、毎日のように拷問部屋に食事を持ってきてくれた10歳の男の子。
「救いたかったはずの女の子が違う運命に苦しんでる。それを見ていることしか出来ない哀れな男。
…これが何よりの罰なんだろうね」
「…余は薬を用意しよう。明日から何としてでも小雪に渡してくれ」
「…ありがとう。……家茂」
そう昔のように呼んでみると、そいつもまた変わらない少年の顔で頷いた。
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