夜が明けぬなら、いっそ。
寒さに赤い鼻を隠すように、軽く頭を下げてから足を進める。
そんな青年を止めたのは老婆だった。
“出雲”と、どうやら小さなつぶやきを拾ってくれたらしいのだ。
「出雲なら知っておる。小雪、“出雲 小雪”と名乗る女ならワシの住む近くにずっと療養しておってな」
「…!」
ピタリ、足は止まった。
すぐに振り返った青年は言葉にならない反応を見せて、もう1度老婆へと詰め寄る。
「小雪はどこにいるんですか…!今、元気にしていますか…?」
あぁ、やっと会える。
冷たく引き離したのは自分だったが、本当は全て彼女を想っての嘘だった。
いつか必ず会いに行く、と。
だから君も絶対に生きてくれ、と。
そんな願いを込めて、かつて2人の若き男女は違う道を歩んだ。
「……亡くなったよ、」
「え───…?」
「7日前ばかしだったか、…こんな雪の日にな、1人で息を引き取ったんじゃ」
冬まで生きたいと、ずっと襖の外を眺めていたよ───。
老婆は瞳を落とした。
「水仙の花言葉は何かと、会う度に聞いてきた」
誰かを待っていたのだろうか。
そうやって、誰かが自分のところへ帰って来てくれるのを女は待っていたのだろうか。
「どうしたんじゃ、具合でも悪いんか…?」
ガクリと膝から崩れ落ちた頬を伝う、一筋の涙。
空を見上げた青年は微かに残る思い出と共に、冷たくも温かな雪を受け止めた。