夜が明けぬなら、いっそ。
少し振り返ってみた。
微笑むような、なにか秘密を抱えているような、そんな顔をされては反応に困ってしまう。
けれど、優しい顔をしていた。
「花にはね、花言葉ってのがあるんだ」
「…はなことば…」
「うん、それぞれの花が知らせてくれる意味のようなものかな。
例えば言葉に出来ない気持ちを代わりに伝えてくれる。これもまた情緒的だろう?」
それはまるで言葉の知らない幼子に教えてくれるみたいで。
1つ1つ丁寧に、静かに、徳川 景秀という男はもしかすると素はこういう奴だったのかと。
「あの変な水仙の花言葉はなんだ?」
「…それはいつか分かるときが来るから。でもそのとき、小雪の隣には誰がいるのかなぁ」
その言い方は、その時この男は私の隣に居ないようなものだ。
それもそうか。
今だけこうして共に行動しているだけで、ずっと一緒に居るなんて馬鹿な話はない。
それにこいつは遊び半分でついて来ているようなものだろうから。
「天気が晴れるまではここに滞在しても問題はないと思うんだけど、どう?」
「…そうだな。そうする」
「…今日は随分と素直な日みたいだ」
「これ以上咳を悪化させないようにしなければね」と。
まだ若い青年は、羽織にくるまった私を包み込むように抱き締めた───。