夜が明けぬなら、いっそ。
景秀の優しい問いかけは、少年の警戒心を柔らかく崩してゆく。
途端に両目いっぱいの涙を溜めながらも全てを話し出した。
「母ちゃん…っ、あとちょっとで死んじまうから…!だから何かあげれば元気になるって思って…っ」
「…君のお母さんは病気なの?」
「うん…、労咳で、もう…いつ死ぬか分からねぇんだ…っ」
それは珍しいことではない。
庶民ならば尚更、進行は早いだろう。
蘭方医を頼る金はなく、薬を買う金もない。
空気の悪い場所で療養していることなんて想像できる。
「俺は景秀、こっちは小雪。…君は?」
「おいらは…佐吉(さきち)」
「佐吉。良かったら…これ、その簪と交換してくれないかな」
いつ持っていたんだ。
やはりこいつは分からないことだらけだ。
懐からスッと取り出されたのは、佐吉が手にするよりもキラキラと輝く簪だった。
「これ、無料であげる。だからその簪を俺に譲って欲しいんだ」
「い、いいのか…?それ…この簪より良いものじゃないか…!」
「いいんだよ。ぜひ貰ってくれ」