夜が明けぬなら、いっそ。
店主の呆れたような笑い声は止まった。
こいつが自分の姓をわざわざ言うなど、私以外では見たことが無かった。
壬生浪士組に捕縛された際でも、そこは最後まで隠し通したというのに。
「俺の名前です。信じるも信じないもあなたの自由ではありますが、あなたはそんな身分の俺に簪を探させたってこと」
忘れないでくださいね───と。
確実にそれはとんでもない脅しだった。
「ひっ」と小さな悲鳴を上げる男へ、柔らかな微笑みを1つ。
「…もっと他のやり方は無かったのか」
「無かったね。まぁ、悪いことしたとは思ってるよ。でも全て嘘じゃないんでね」
後味が悪くなった。
店を出てからつぶやいた私に「ごめんよ」と、言葉だけが返ってくる。
だとしても、こいつは佐吉を放ってはおけなかったのだろう。
誰かと重ねでもしたのか、どちらにせよ私には関係がないことだ。
「おおっ!あなた達が万屋様ですか…!!」
「お待ちください万屋様ーーーっ!!」
…なんだこれは。
気づけば町人に囲まれてしまった。
こんなにも近くにあるはずの宿にすら行けないとは。