オトメは温和に愛されたい
***

 アパートの敷地に車が入って、私はにわかに緊張し始める。

 鞄の中に手を入れて、鍵についた温和(はるまさ)似のペンギンマスコットをギュッと握る。
 このマスコットを見つめながら、何度「温和(はるまさ)大好き」って独り言を言ってきただろう。

 そう。それと同じように言えばいいんだよね?

 あのね、温和(はるまさ)、私、あなたのことが大好きなの、って。

 そんなことを考えていたら――。

 不意に温和(はるまさ)の手が私の方に伸びて来て、にわかに脳内がヒャー!とパニックになる。

 なに、なに、なんなの!?って思ったけど、何のことはない。

 車をバックさせるときの温和(はるまさ)のくせだ。

 彼はバックの際、さり気なく助手席に手を掛けて半身をひねるようにして後方を確認する習慣(くせ)がある。
 いつもそのたびに私、不必要にドキドキさせられてしまって。正直心臓に悪いからやめてください!って思ってる。

 っていうか……。

 温和(はるまさ)さん、この車、バックモニター搭載ですよ? なんで使わないの?って思っているのは内緒。

 あっても慣れなきゃ使わないってことなのかなぁ。

 運転下手な私からしたら、こんなのあったら頼りまくりたい機能なんだけど。

 ドキドキを紛らわせるために、いつもこんなどうでもいいことを考えてしまうから……こういう急接近のチャンスをうまくいい雰囲気に繋げていけないのかもしれないね、私。

温和(はるまさ)、運転に集中していて気づいていないよね?)

 そう思った私は、恐る恐る横目で温和(はるまさ)を盗み見た。

(うっ。どうしよう、めちゃくちゃカッコいい……)

 あまりに胸が高鳴りすぎて、私は慌てて(うつむ)いた。手の中で、ペンギンマスコットがギューッと潰れて、声なき悲鳴を上げる。
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