オトメは温和に愛されたい
 なに、なに、なんなの?

 ソワソワしながら温和(はるまさ)を見たら、
「おはようございます、鳥飼(とりかい)先生。今日はいつもより少し遅いんじゃないですか?」
 とか――。

 ちょっ、温和(はるまさ)
 何その返し!
 わざわざそんなこと言わなくても良くない!?

 そう思いながらうつむきがちに温和(はるまさ)を軽く睨んだら、ニヤリと笑われた。

 あーん、温和(はるまさ)、絶対私の反応見て楽しんでるでしょう?
 なんて意地悪なの!

 そんなことを思いながら自分の正面の席をふと見た私は、違和感を覚えた。

 あれ――?

 いつもなら既に着席なさっているはずの鶴見(つるみ)先生がおられないことに、落ち着かない気持ちになる。

 やっぱり週末のカナ(にい)脅し(アレ)が堪えた?

 私自身も鶴見先生の豹変振りが怖かったけれど、でも……同じ学年を受け持つ担任同士……そして同期入校の同僚として、彼の姿が見えないというのは何となく心がざわついてしまう。

「あ、あの……鶴見(つるみ)先生は……」

 私とたかだか5分違いで職員室(ここ)へ入った温和(はるまさ)は事情を知らないだろうと勝手に踏んで、斜め向かいの逢地(おおち)先生に問いかける。

「ああっ! そういえば鳥飼(とりかい)先生()まだご存知ないですよね。鶴見先生、昨日交通事故に遭われて……今、入院していらっしゃるんです」

 初耳、だった。

 ふと横に座る温和(はるまさ)を見たら、全然驚いた風ではなくて。

 私より先に話を聞いたのかな?

 とにかく、知らなかったのは私だけだったみたい。

 でも昨日って言ったらあの後かな、やっぱり……。

 兄の奏芽(かなめ)に脅されて慌てた様子で走り去って行った鶴見先生のことを、ふと思い出す。

 私たちの……せい……?

 酷い状態だったらどうしよう。

 ドキドキして逢地(おおち)先生のほうへ身を乗り出したまま固まってしまった私の手に、温和(はるまさ)が軽く触れてきてビクッとした。

 温和(はるまさ)が大丈夫だという風に手をぽんぽんと優しく撫でてくれて、私はそろそろと席に腰を下ろす。
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