オトメは温和に愛されたい
奏芽(かなめ)鶴見(あいつ)を脅したのは――まぁ、やり方はどうあれ間違ってない。お前に酷いことをしたのは鶴見(つるみ)のほうだしな。だから仮に、だ。奏芽(かなめ)の報復に動転した結果あの男が事故ったんだとしても――それは鶴見自身のミスであってお前のせいじゃない」

 歩きながらいつもより若干低めの声でそこまで一気に言うと、温和(はるまさ)が立ち止まった。

 ちょうど、2階の教室へ向かう途中。階段の踊り場に差し掛かったところだった。

「――なぁ、あの男のために落ち込んだり泣いたりするなよ。お前が他の男のために心を割いてるとか……。考えただけで()()どうしようもなくムカつくんだっていい加減気付けよ、バカ音芽(おとめ)

 ここが教室からも廊下からも死角になっているのを知っているからか、温和(はるまさ)が荷物を手にしていない右腕で抱きしめてくる。

 ふわりと香る温和(はるまさ)の洗剤の香りに包まれた私は、不必要にときめいてしまって。

「ちょっ、温和(はるまさ)っ」
 さすがにこんなところでこれはっ。
 誰かに見られたらどうするのっ?

 思わず温和(はるまさ)を押し退けようとして身じろいだら、チョークケースを落としてしまった。
 カツンッという乾いた音がして、ケースの蓋が開いて中身が足元に散らばる。

 慌てて温和(はるまさ)の腕から逃れてしゃがみ込むと、ばらまかれたチョークを拾い集める。
 幸い一本も折れずに済んでホッとしたけれど、それとは裏腹に心臓がバクバクいっていて。

「――わかったな?」

 チョークを拾い集めて立ち上がった私の耳元に唇を寄せると、温和(はるまさ)がそう念を押してきた。

 私は「はい」と小さく答えるので精一杯だった。
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