オトメは温和に愛されたい
「あ、あのっ」

 川越(かわごえ)先生に、引き継ぎに関するアレコレを話している温和(はるまさ)の声を断ち切るように思わず声を出してしまったのは、そんな諸々の気持ちに耐えきれなくなったから。

 温和(はるまさ)が私をしっかり視界に収めて、「どうしました?」と問いかけてくれるけれど、ごめんなさいっ、別に用事なんてないの。

「わ、私っ、ちょっとやりたいことがあるので先に教室に行きますね、すみませんっ。川越先生、何かありましたら隣の2組(きょうしつ)にいますので遠慮なく声をかけてください」

 一気にまくし立てるようにそう言って、2人の顔もまともに見られないままに会釈だけすると、小走りに階段を駆け上がった。


「あ、おいっ」

 温和(はるまさ)が慌てたように呼び止めてきたけれど、聞こえないふり。

 ねぇ温和(はるまさ)、おい、なんて呼びかけたらダメだよ。
 そこは鳥飼先生(なまえ)で呼び止めなきゃ川越先生におかしいって思われちゃう。

 咄嗟にそう思ったけれど、本心を言うと違うの。私ね、「音芽(おとめ)」って呼び止めて欲しかった。
 そうしたらきっと、立ち止まれたよ?

 そんなことを思ったら、鼻の奥がツンとして、目尻にうっすら涙が滲んだ。

 私、嫉妬深い嫌な女になってる。
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