オトメは温和に愛されたい
「じゃあ鳥飼(とりかい)先生、そういうことで。――川越(かわごえ)先生、行きますよ」

 ひとり立ち尽くす私を残して、温和《はるまさ》が川越先生にそう呼びかけて。
 それに川越先生が「はぁーい」と弾んだ声で応えてから、温和《はるまさ》のあとについてくるりと向きを変える。
 歩き出す寸前、もう一度だけ私を見てニコッと笑ってウインクなさって……。その悪びれた様子のない人懐っこそうな表情に、情けなくて悔しくて……。そしてすごく寂しくて……。視界が涙で滲んできてしまう。

 温和《はるまさ》、私が2組(ここ)でウダウダしていた間に、川越先生と何があったの?

 私が川越先生と温和(はるまさ)を見て落ち着かなさを感じていたのって……もしかして川越先生が温和《はるまさ》の元カノさんだったから、とかだったりしたのかな。
 はっきりとは思い出せないけれど……もしかしたらそれで……焼けぼっくいに火がついた、とかなのかなって……何となく思ってしまった。

 温和(はるまさ)が私のことを好きだと言ってくれたのも、もしかしたら髪型が彼女に似ていたから、とかそんな理由だったのかもしれない。
 そんな風に思い至ってしまったら、もう()()としか思えなくなってしまった。

 ああ、私、バカみたいじゃん。
 長年の片思いが成就したって……ひとりではしゃいで浮かれて。
 温和《はるまさ》も同じように小さい頃から私を好きでいてくれたとかいう、彼の見え透いた嘘にまんまと引っかかって……。

 付き合ってすぐに初めてまであげちゃって……。

 ひとり誰もいない教室に佇んでそんなことを考えたら、とうとう堪えきれなくなった涙がぽろりと頬を伝った。

 そうしているうちに、下腹部がズキズキ痛み始めて、まるで閉じたばかりの傷口が開いたみたいな……そんな気がした。
< 229 / 433 >

この作品をシェア

pagetop