オトメは温和に愛されたい
『……悪かったよ、音芽(おとめ)。とりあえず今からすぐ迎えに行くから……支度しとけよ、――な?』

 な?が、子供の頃に慣れ親しんだハル(にい)の声みたいにとても優しくて、私は胸がキュッとなる。

 ここの場所の説明、一生懸命したけど全然伝わらなくて、結局『もう一度三岳(みたけ)に変わって欲しい』と言われてしまった。

 リビングに戻ってみると、佳乃花(かのか)とふたり、仲良く並んでビールを飲んでいた一路(いちろ)へ、「温和(はるまさ)が変わって欲しいって」とわざと何の説明もしないでスマホを差し出した。
 さすがの一路も、「え? 僕?」と自分を指差してキョトンとする。

 そりゃそうだよね。

 これはさっき勝手に私の電話に出たことへのささやかな仕返し。
 何だろ?ってドキドキしながら温和(センパイ)の電話に応じれば良いのよ。

 ほんの少し溜飲が下がって、口の端に小さく笑みを浮かべたら、佳乃花(かのか)に「よかったね、音芽」ってウインクされた。

 全然何ひとつ解決なんてしてやしないんだけど……でも……さっきまで心に抱えていた不安、今はピーク時の5分の1くらいに縮んでいた。

 コクッとうなずくと、「温和(はるまさ)が迎えに来てくれるって言うから……」ってテーブルに散らかったあれこれを少しでも片しておこう手を伸ばす。

 と、すぐさまそれを制されて、
「ここは大丈夫。私、まだ一路と飲むから……とりあえず音芽は顔洗っておいで」
 佳乃花(かのか)に目元を指差されてクスクス笑われて、私はハッとした。

 大泣きした顔。
 メイク、――特に目元がパンダみたいにぐちゃぐちゃになってるに違いないっ。ひゃー! パンダで恥ずかしい思いをするのは、いつかのパンツ(さら)し事件だけで十分なんだからっ!

佳乃花(かのか)っ、ごめんっ」

 メイク落とし貸して?って言おうとしたら「洗面所の棚の右側」ってウインクされた。

 佳乃花(かのか)、ありがとう!
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