オトメは温和に愛されたい
 凄く凄く勝手なんだけど、温和(はるまさ)が帰ってきてくれたら、とか思ってしまって……。

 でも次の瞬間、先ほど見た温和(はるまさ)逢地(おおち)先生のことを思い出した私は、ギュッと唇を噛んだ。

「……大我(たいが)です」

 と、鶴見(つるみ)先生がポツン……とつぶやかれて、私はハッとさせられる。

 職場を出たのだから先生呼ばわりはやめて欲しいと言うこと、かな。

 確かに週末のことを考えると、パンケーキを食べながらお互いを先生で呼び合ったりしたら、何だか滑稽(こっけい)かもしれない。

 そう思い至った私は、努めて明るい声音で言葉を慎重に選ぶ。

「あ、学校を出たら先生はおかしいですもんね。分かりましたっ。じゃあ……えっと、鶴見さんでどうでしょう? ほらっ、いきなり名前呼びはハードルが高いですし」

 言いながら、後ろ手に探る玄関扉。なんとか無事鍵を回して開錠……できたっ。
 そっと鍵を穴から抜いて、手のひらに握り込みながらも、何となく鶴見先生から視線を外せない。
 鍵に、鈴のついたキーホルダーを付けていなくてよかった!と心の底から思ってしまった。鍵には、温和(はるまさ)に雰囲気が似ている、と勝手に思って買った、不機嫌そうな顔をしたペンギンのマスコットがついている。パンダといいペンギンと言い、私はモノトーンの生き物に縁深いのかも知れない。

「僕は貴方のこと、鳥飼(とりかい)さんではなく、音芽(おとめ)さんって呼びたいです。ついでに僕のことも苗字ではなく大我(たいが)と下の名で呼んで欲しいです」

 ひえっ。
 なんですかその駄々っ子のような要求。

 畳み掛けるようにそこまで一気に言われて、「ダメですか?」と鍵を握り込んだままの手を握られた。
 鶴見先生の手が、温和(はるまさ)似のマスコットに触れるのがなんとなく嫌で、私はマスコットを力を込めて握り直す。
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