オトメは温和に愛されたい
「あっ、あのっ。わっ、わかり、ましたっ。じゃあ、その……た、大我(たいが)さん。きょ、今日はどうも有難うございました。えっと……その、私、ちょっと疲れたのでそろそろ家に入って、その……く、(くつろ)ぎたいなって思うんですけど……」

 握られた手をゆっくりと引きながらそう言うと、鶴見(つるみ)先生がほぉっとひとつ溜め息をつく。

「分かりました。今日のところは僕も帰ります。――でもその前にひとつだけ」

 一瞬離れた手が、すぐさま手首を握り直して、グイッと引かれた。え?と思った時には鶴見先生に抱きしめられていて――。私はあまりのことに瞳を見開く。

「……あ、あのっ」

 足、痛いんですけどっ。
 なんて言えるような雰囲気ではなくっ。

 私はギュッと抱きしめられたまま、どうしていいか分からなくて戸惑ってしまう。

 もう、ヤダ! なんなの、なんなの、この状況!

 手の中の温和(はるまさ)――もといマスコット――を握りしめて助けて!とか思ってしまう程度には混乱中で。

「た、大我、さんっ? わ、悪ふざけは……」

 焦りながら何とか言葉をつむぐけれど……鶴見先生の腕から逃れることは出来なくて気持ちばかりが焦る。
 優男(やさおとこ)に見えてもやはり男性。力が強くてびくともしない。
 耳元で鶴見先生が何かおっしゃったけど、内容が頭に入ってこない程度にはパニック状態で。
 でも、温和(はるまさ)以外の異性に触れられるのはやはり嫌だということだけはハッキリ分かっていたから。痛い足を必死に踏ん張って何とか彼を引き離そうと頑張る――。


「通路でイチャつくの、やめてもらえますか?」

 鶴見先生の腕をグイッと引っ張って私から引き剥がすと、温和(はるまさ)が不機嫌そうに私たちを睨みつけた。

 私はその瞬間ホッとして、張り詰めていた糸が切れたようにその場へヘナヘナと座り込んでしまう。

 鶴見先生が温和(はるまさ)を睨み返すように対峙(たいじ)して、

「お帰りなさい、霧島(きりしま)先生。――いえ、音芽(おとめ)さんの()()()()、とお呼びすべきですか?」

 温和(はるまさ)を牽制するようにそう言った。

 あーん。もう、本当、そういうの、やめてもらっていいですかっ!?

 私は玄関先にへたり込んだまま、そんな二人を交互に見比べた。
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