逆プロポーズした恋の顛末
プロローグ
どの家庭でも、朝は時間に追われている。

シングルマザーで、子どもとふたり暮らし。自分以外に頼れる手がない場合は、追われているどころの話ではない。

戦いだ。

洗濯をしながら自分の身支度を整え、朝ごはんを作り、出来上がったところで息子の幸生(こうき)を起こす。


「幸生、起きる時間だよ!」


もぞもぞと布団から這い出した幸生は、大きなあくびをひとつするとにっこり笑った。


「おはよ! ママ」


(寝起きがいいのは、本当に助かるわ……)

「おはよう。お着替え、自分でできる?」


枕元に用意した服を示すと、「できる!」と宣言してパジャマを脱ぎ始める。

先月三歳になった幸生は、自立心旺盛。なんでも自分でやりたがり、着替えも食事も、いまではわたしが手伝わずともひとりでできるようになった。

だから、一年前と比べればだいぶ楽になっているはず……なのだが、どうしたことか時間に余裕がないのは相変わらずだ。

幸生が、オレンジジュースにトーストしたパンと目玉焼き、ブロッコリーという手抜きギリギリの朝ごはんを食べている間に洗濯物を干し、保育園に持っていくものを準備する。

いつもは前日に準備しているのだけれど、昨夜は絵本を読み聞かせているうちに、一緒になって寝落ちしてしまった。
どうして途中で目を覚まさなかったのか。
心底悔やまれる。

肌着やズボンなどの着替えを次々リュックサックに放り込みながら、靴下が片方行方不明なことに気づいた。


(やだ! もう片っぽはどこなのー!?)


タンスをひっかき回し、片割れを探していると幸生がぽつりと呟く。


「ママ……ジュースこぼしちゃった」

「えっ!?」


振り返れば、テーブルから滴り落ちるオレンジ色の液体が、幸生のズボンと床を濡らしている。


「あー、もうっ! 着替えないと! ほら、脱いで!」

「ごめんなさい……」


ついキツイ口調になってしまい、幸生が泣きそうな顔で謝るのを見て、猛烈に反省した。


(……自分の手際が悪くて余裕がないくせに、幸生に当たるなんてダメな母親だわ)

「ごめんね? 幸生。ママ、怒ってないから。汚した服は、着替えればいいし、テーブルも床も拭けば元通りになるんだもの。自分で着替えられる?」

「うん」

「ありがとう」


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