逆プロポーズした恋の顛末
わたしが投げかけた問いに、幸生は俯き、しばらく黙っていたが、コクリと頷いた。

千陽ちゃんたちと別れてからも、幸生は初めて見る動物たちに大喜びしていたが、それまでとは大きくちがう様子を見せた。

尽のことを「パパ」とも「おにいちゃん先生」とも呼ばなくなったのだ。
その代わり、繋いだ手を引っ張ったり、じっと見つめたりして、注意を向けさせようとしていた。

おにいちゃん先生と呼びたくない。パパと呼びたい。
けれど、パパと呼んではいけない。

そう感じて、どうすればいいのかわからなくて、どちらも口にできなくなっていたのかもしれない。

その場で幸生の気持ちを確かめようかとも思ったが、動物園をめいっぱい楽しもうとしている様子に、訊くのはあと――尽に聞かれない場所の方がいいだろうと考え直した。


「幸生のパパに会いたい?」


もう一度、ためらいがちに頷く。


「おにいちゃん先生が『パパ』ならいいなぁって、思う?」


今度は、大きく頷いた。


「おにいちゃん先生が……好き?」

「……好き」

「もし、おにいちゃん先生が……」


一瞬、不安が湧き起こる。

この質問を一度投げかければ、もう後戻りはできない。
ごまかすことも、はぐらかすことも、逃げ出すこともできなくなる。

怖かった。

けれど、同じまちがいを繰り返してはいけない。


「おにいちゃん先生が、本当に幸生のパパだったら……嬉しい?」


俯いていた顔を上げた幸生は、ぎゅっと唇を引き結び、様子を窺うようにじっと見つめる。

わたしの反応次第で、嬉しいと言ってもいいかどうかを量ろうとしている。
顔が赤いのは、のぼせたからではなく、泣くのを我慢しているからだ。


(ごめんね、幸生)


所長に言われたことを痛感した。

幸生は、わたしと尽の微妙な関係を感じ取っている。
だから、素直に「嬉しい」と言ってはいけないと思っているのだ。

正しいタイミングだとか、これからどうするのかとか。
考えなくてはいけないこと、尽と話し合って決めなくてはならないことは山ほどあって、今日明日で一気に解決できるような状況ではない。


けれど、一つだけはっきりしていることがある。


(これ以上、幸生に我慢させるのはまちがっている)


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