逆プロポーズした恋の顛末
「あのね、幸生。いろーんなことがあって、ママとおにいちゃん先生は結婚していなくって、一緒に住んでいないんだけど……。幸生のパパは、おにいちゃん先生なの」
幸生は、こぼれ落ちそうなほど目を見開いた。
そして、ぎゅっと引き結んでいた唇を解き、小さな声で問い返す。
「……ほんと?」
「うん、ほんと」
「じゃあ……ずっと、パパって呼んでいいの?」
たぶん、「いいよ」とわたしがこの場で答えても尽は怒らないだろう。
けれど、その答えは尽の口から直接告げるべきだと思った。
「おにいちゃん先生にお願いしてみようか」
「うん!」
幸生は、アヒルのおもちゃを手放して、「もうあがる!」と言い出した。
バスタオルで濡れた身体と髪を拭う間も、時々練習するように「パパ」と呟いている。
「おにいちゃん先生!」
ソファーで絵本を眺めていた尽は、パンダの恰好で飛び込んできた幸生を抱き留めて、笑った。
「なかなか子パンダの恰好が似合ってるな」
「ママも、かわいいシマウマだよ」
尽は、わたしの恰好を一瞥するとふっと笑みを漏らす。
「ああ、カワイイ」
「……似合わないと思ってるんでしょ」
ルームウェアは、肌触りが心地よく、快適だ。
鏡さえ見なければ。
「いや、似合ってる」
「目がそうは言ってないわよ」
「気のせいだろ」
「もちろん、尽はヒョウ柄のルームウェアを着るのよね?」
ベッドの上に置かれていたものを差し出すと、尽は首を横に振る。
「サイズが合わなかった」
「嘘!」
「嘘じゃない。ルームサービスが来るまで、まだ時間があるから、俺も風呂に入って来る」
そう言って立ち上がろうとした尽を幸生が引き留める。
「ねえ、おにいちゃん先生! ぼく、お願いがある!」
「ん? ママはお願いしてもいいって言ったか?」
幸生はもちろんだと頷く。
「ママがお願いしようって言ったんだよ」
「じゃあ、聞こう」
「パパって呼んでいい?」
「…………」
「ママが言ったよ。おにいちゃん先生は、ぼくのパパなんでしょ?」