逆プロポーズした恋の顛末
「わ、わかった」
『今日中には帰れないかもしれないから、幸生によく言い聞かせてくれ。落ち着いたら、電話する』
早口に事情や依頼を説明した尽は、それきり通話を終えてしまった。
「りっちゃん! わたし、これからミチさんのところへ行くけれど、ダンナと役場の福祉課の職員に、タケさんの家の戸締りや家族への連絡なんかをお願いしておくわ」
「あ、はい、あの、尽の……立見先生が救急車に同乗するからタケさんのところにある車を取って来てほしいと……」
「うん、それも一緒に頼むから大丈夫。りっちゃんのアパートに届けさせるわね。もし、立見先生の迎えが必要なら、ダンナに行かせるし」
「いえ、そこまでは……わたしが行けます」
「とにかく、何かあったら、何時でもいいから連絡して?」
「はい!」
タケさんは八十歳を超えているが、元気なおじいちゃんで、何でも自分でやってしまう。屋根に上ろうとしていたのも、何かを修繕しようとしていたのかもしれない。
慌ただしく山岡さんが出て行き、落ち着かない気持ちのまま診療所を閉めて、保育園へ向かう。
幸生には、あらかじめ金曜日――今日はパパのお仕事が忙しくてお迎えはないと言ってあったので、しょんぼりすることもなく、わたしとふたりでアパートへ帰った。
しかし、晩ごはん、お風呂までは素直に言うことを聞いていた幸生は、さあ寝る準備をしようかとなったところで、ぐずり始めた。
寝る前のルーティン、読み聞かせ用の絵本を選んだところまではよかったが、布団に入ろうとしない。
「幸生、寝ている間にパパ帰ってくると思うよ?」
「まだ眠くないもん」
「そうなの? でも、絵本はママが読んであげようか」
「パパがいい」
「今日は、ママじゃダメ?」
「ダメ」
幸生は、ぐっと眉根を寄せて、むすっとした顔で拒否する。
頑固そうな不機嫌顔も尽にそっくりだ。
(適当な説明では、納得しなさそうね……)
山岡さんからは、タケさんの家族が病院へ向かったと連絡があったが、尽からは、まだ何の連絡もない。
尽の車は、山岡さんのダンナさんがアパートに届けてくれたので、帰る足がなければ、わたしが迎えに行ける状態だ。