逆プロポーズした恋の顛末


「祖母が親しかった人たちの大半はすでに亡くなっているので、葬儀はしなかったんですけどね。自分のことも、わたしのことも、何もわからなくなっていた祖母でも……もう二度と会えないんだと思うと寂しくて。祖母の家も、手放すとなると離れがたくなっちゃって。結局、二週間も仕事を休んじゃいました」


祖父母は駆け落ち同然に結婚したため、行き来のある親戚はおらず、亡くなった母は結婚して間もなく父と離婚。その父も、父方の祖父母も亡くなっている。

頼れる人がいない代わりに、体裁を整える必要もなく、葬儀屋にごく最低限のことをお願いすれば事足りた。

祖母の家があった山奥の土地は、町に寄附したいと思って役場へ相談に訪れたところ、田舎暮らしを考えている移住希望者を紹介されて、すんなり売却できた。

母亡きあと、祖母の家で暮らしたのはほんの短い間だ。

それなのに、解体されていく古びた家を見て、寂しい気持ちになったのは、思ったよりも簡単にすべてが片付いてしまったせいかもしれない。


「大事なひとを亡くしたんだ。二週間どころか、もっと長く休んでもいいくらいだよ」

「そんなことしたら、お店をクビになっちゃう」

「心と体を十分休めてから、仕事に戻ればいいんだよ。お店のママも、お客さんも、りっちゃんの帰りを待っていてくれるよ」


そう言って、マスターが作ってくれたのは、『ホット・バタード・ラム・カウ』だった。

わたしが、お店で辛いことがあった、悔しいことがあったと愚痴るたびに、マスターはこのカクテルを作ってくれた。
身体だけでなく、心も温まる優しい味わいに、じわりと涙が滲む。


「……美味しい」

「ねえ、りっちゃん。こんなことを訊くのは、差し出がましいかもしれないけれど……今後もずっと雇われホステスでいるつもりかい?」

「それは……」

「自分のお店を持つこと、考えたりしないの? りっちゃんなら、そういう話もあったでしょ?」

「ありましたけど……経営者にはむいてませんから。ちょっと酔っ払ったら、店の奢りで大盤振る舞いしちゃいそうだし」

「じゃあ、何かやりたいことは? 大学に入り直そうとは思わないの? 社会人入学をするひとも珍しくないよ?」

「そうですけど、もう記憶力は退化しきってますもん。勉強なんてできませんってば」

「でも……」



「本当に、一個もないのかよ?」


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