逆プロポーズした恋の顛末
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N市までは、まず各駅停車のローカル線で二十分。途中で新幹線に乗り換えて、目的地まで四十分。
乗継の待ち時間などを含めると一時間半くらいはかかる。
生まれて初めて電車に乗る幸生は、駅が近づくたびに流れる独特のアナウンスを真似したり、停車するたびに乗り降りする人やホームにいるひとに手を振ったり、車窓から見える風景を観察したり、と大忙しだ。
「つぎはぁ~、〇×、〇×……おおりのかたは……」
「あ! さっきとなりに座ってたオバサンだ! バイバイ!」
「うわぁ、おっきいビルだ。ママ、いち、に、さん、ご……よりも、いっぱいあるよ!」
(新幹線では、少し寝てくれるといいんだけど……)
のんびりした雰囲気漂うローカル線なら、幼児のおしゃべりは「微笑ましい」で済まされるが、いろんな人が乗り合わせる新幹線では、そうもいかないだろう。
幸生は、走り回ったり、大声を出したりする子ではないが、一つ知らないものを目にすると十は質問する。適当に答えるとさらに質問を重ねるし、あとでね、と言うと必ず「あとで」もう一度質問してくる。
そこに、最近では「英語では何て言うの?」攻撃も加わって、おしゃべりが止まらない。
「ママ! つぎの駅で降りるんだよね?」
「え?」
わたしが聞き逃したアナウンスも、幸生はしっかり聞いていたようだ。
リュックサックを背負い、脱いでいた靴を履き、と準備万端。
母親よりも、よほどしっかりしている幸生の様子に、通路を挟んで向かいに座っていた老婦人がくすりと笑う。
「えす、えいち、あい……あ! し、ん、か、ん、せ、ん、あっち!」
電車を降りた幸生は、わたしの手を引きながら、ローマ字で「Shinkansen」と書かれた看板を追っていく。
「うわぁ! すごーい、カッコイー!」
新幹線のホームに停まる流線形の最新式車両を見た幸生のテンションは、最高レベルまで上昇。
発車まで時間があったので、先頭車両が入る位置へ移動して、スマホで写真を撮ってやる。
車両の中に入ってからも、幸生はキョロキョロと辺りを見回していたが、発車のベルが鳴り響き、大した揺れもなく新幹線が走り出してからは、途端に口数が少なくなった。
窓の外を飛ぶように過ぎていく風景に、瞬きすら忘れて見入っている。
どうやら、驚きすぎて言葉を失っているらしい。
しかし、テレビや絵本でしか見たことのない、本物の「車掌さん」が通路を通りがかった途端、大興奮で質問攻めにした。
子どもの相手をするのも、珍しいことではないのだろう。わたしより年下と思われる若い車掌さんは、イヤな顔ひとつせず、にこやかに新幹線の速さの秘密や車掌の仕事について、わかりやすく説明してくれ、幸生のために検札もしてくれた。