逆プロポーズした恋の顛末
薔薇の咲く家
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「ふぁ……」
玄関で靴を履いた尽が振り返ったタイミングで、パジャマ姿の幸生が大きなあくびをした。
「幸生、まだ眠いのか?」
「眠くないもん……」
言い返すそばから、またしても大きなあくびをする。
水族館に遊園地にと、大興奮の二日間を過ごし、さすがの幸生も疲れたのだろう。
いつも寝起きがいいのに、今朝はなかなか起きられなかった。
「あとで昼寝しておけよ? パパは、きょうは泊まりの仕事で帰って来られないけど、明日、さかなの絵本を買って来るからな」
尽のそのひと言で、幸生の眠気は吹き飛んだ。
「やったー! ぼく、たくさん絵本を読んで、おさかなさん飼う!」
(え。さ、魚!? いろんな生物に興味があるのはいいことなんだけどね? 興味がないより、断然いいことなんだけどね? でも、)
水族館のように広い空間で見る分には何ともないけれど、魚類は、虫類、爬虫類の次くらいに苦手だった。
世話の手間を考えると、犬猫よりも飼いやすいだろうから、ペットとしてはいい選択だとは思うが、できれば……。
(金魚よりも小さいものにしてほしい……)
わたしの笑みが若干強張っていることに気づいた尽は、ニヤリと笑って「幸生たちが引っ越して来たら、でっかい水槽を買いに行こうか」と言い出す。
「でっかーい水槽だと、水族館みたいにたくさんおさかなさん飼える? グッピー、ネオンテトラ、ブラックモーリー……ミッキーなんとか……ヤマトヌマエビとか……」
「混泳させるなら、仲良しの魚同士じゃないとダメだぞ? 幸生が飼いたい魚を教えてくれれば、パパが調べておく」
「うん! パパが水族館で買ってくれた図鑑をみて、お絵描きするね!」
「よし。じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃーい!」
尽がドアの向こうに消えるのとほぼ同時に、幸生のお腹が盛大な音を立てた。
「……ママ、お腹空いた」
いつもなら、とっくに朝ごはんを食べ終えている時間なので、当然だ。
「まず朝ごはんを食べて、それから顔を洗って歯みがきして……お出かけの準備しようか」
「お出かけ? どこ行くの?」
尽が何も言っていなかったことを不思議に思ったのだろう。幸生は、きょとんとした顔で訊ねる。
複雑な事情を説明しても理解できないので、「幸生に会いたいって人がいるの」とだけ伝えた。
「どんな人?」
「どんな人かは……わからない。ママも会ったことないの」
幸生に訊かれても、答えられなかった。
今日、これから幸生を連れて会いに行く人については、写真を見たこともないし、声を聞いたことすらない。
「でも、パパとおじいちゃん先生のことはよーく知ってる人だから、きっと仲良くなれるわ。あいさつをちゃんとして、お行儀できる?」
「できる!」