逆プロポーズした恋の顛末
薔薇の咲く家


*******


「ふぁ……」


玄関で靴を履いた尽が振り返ったタイミングで、パジャマ姿の幸生が大きなあくびをした。


「幸生、まだ眠いのか?」

「眠くないもん……」


言い返すそばから、またしても大きなあくびをする。

水族館に遊園地にと、大興奮の二日間を過ごし、さすがの幸生も疲れたのだろう。
いつも寝起きがいいのに、今朝はなかなか起きられなかった。


「あとで昼寝しておけよ? パパは、きょうは泊まりの仕事で帰って来られないけど、明日、さかなの絵本を買って来るからな」


尽のそのひと言で、幸生の眠気は吹き飛んだ。


「やったー! ぼく、たくさん絵本を読んで、おさかなさん飼う!」

(え。さ、魚!? いろんな生物に興味があるのはいいことなんだけどね? 興味がないより、断然いいことなんだけどね? でも、)


水族館のように広い空間で見る分には何ともないけれど、魚類は、虫類、爬虫類の次くらいに苦手だった。

世話の手間を考えると、犬猫よりも飼いやすいだろうから、ペットとしてはいい選択だとは思うが、できれば……。


(金魚よりも小さいものにしてほしい……)


わたしの笑みが若干強張っていることに気づいた尽は、ニヤリと笑って「幸生たちが引っ越して来たら、でっかい水槽を買いに行こうか」と言い出す。


「でっかーい水槽だと、水族館みたいにたくさんおさかなさん飼える? グッピー、ネオンテトラ、ブラックモーリー……ミッキーなんとか……ヤマトヌマエビとか……」

「混泳させるなら、仲良しの魚同士じゃないとダメだぞ? 幸生が飼いたい魚を教えてくれれば、パパが調べておく」

「うん! パパが水族館で買ってくれた図鑑をみて、お絵描きするね!」

「よし。じゃあ、いってきます」

「いってらっしゃーい!」


尽がドアの向こうに消えるのとほぼ同時に、幸生のお腹が盛大な音を立てた。


「……ママ、お腹空いた」


いつもなら、とっくに朝ごはんを食べ終えている時間なので、当然だ。


「まず朝ごはんを食べて、それから顔を洗って歯みがきして……お出かけの準備しようか」

「お出かけ? どこ行くの?」


尽が何も言っていなかったことを不思議に思ったのだろう。幸生は、きょとんとした顔で訊ねる。
複雑な事情を説明しても理解できないので、「幸生に会いたいって人がいるの」とだけ伝えた。


「どんな人?」

「どんな人かは……わからない。ママも会ったことないの」


幸生に訊かれても、答えられなかった。
今日、これから幸生を連れて会いに行く人については、写真を見たこともないし、声を聞いたことすらない。


「でも、パパとおじいちゃん先生のことはよーく知ってる人だから、きっと仲良くなれるわ。あいさつをちゃんとして、お行儀できる?」

「できる!」


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