逆プロポーズした恋の顛末


「こんにちは。夕雨子さんのお世話をさせていただいている、吉川と申します」

「こんにちは、伊縫 律です」

「いぬい こうきですっ!」

「こんにちは、幸生くん。うーん、しっかり尽先生の面影がありますねぇ」


吉川さんは、元気いっぱい名乗りを上げた幸生を屈みこんでマジマジ見つめ、うんうんと頷く。


「尽……立見先生をご存じなんですね?」

「ええ。三年前に定年退職するまで、立見総合病院で看護師長をしていたんですよ。研修医になりたての尽先生をビシバシ指導させていただきました」

「吉川さんのこと、尽は相当怖がっていましたよ。『ちょっとよろしいですか』と呼び止められるだけで、何か言われる前から心拍数がはね上がると言ってました」


午来弁護士の密告に、吉川さんが「ふふふ」と笑う。


「でしょうね。尽先生は、どうやらわたしのことを陰で『鬼軍曹』って呼んでたようですから」

(尽……職場でも口が悪いのは、そのまんまってこと!? しかも、本人に失礼すぎるあだ名がバレてるし)


呆れるわたしに、吉川さんは微笑む。


「初めてそう呼ばれたとき、怒ろうかと思ったんですけどね……仮眠しているところを叩き起こした際に口走っただけなので、聞かなかったことにしてあげました」

「心が広いですね。吉川さん」

「尽先生が、子どもみたいに『しまった! どうしよう!』って顔で、気まずそうにこちらを見上げたんで、怒る気も失せたんですよ。普段生意気な子が、失敗してしゅんとしているとカワイイじゃないですか。アレと一緒です」


完全に尽を子ども扱いする吉川さんのたとえが面白くて、思わず吹き出してしまった。

おかげで、緊張も少し解れる。


「さ、どうぞおあがりください。夕雨子さん、今日は少し調子がいいようなので、ベッドを出て、リビングでお待ちです」

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