逆プロポーズした恋の顛末
先を行く吉川さんの背に従い、広めの廊下を奥へと進む。
洋館の外観は、歴史を感じさせる趣があったが、中はリフォームしたのだろう。
各部屋と廊下はすべてフローリングで段差がないバリアフリー。二階へ続く階段にはリフトも設置されていた。
幸生は、初めてお邪魔するお宅に好奇心いっぱいで、廊下の壁にさりげなく飾られた小さな絵を見上げたり、一輪挿しにある薔薇の匂いを嗅いでみたりしている。
「夕雨子さん、伊縫さんたちがいらっしゃいましたよ」
吉川さんが声をかけながら、廊下の突き当りの右手、ドアが開け放たれた部屋へ入っていく。
幸生は、何かただならぬ雰囲気を感じたのか、わたしにぴたりと寄り添って、手を握った。
リビングは、思っていた以上に明るく、開放的な空間だった。
ソファーとローテーブルがあるだけのシンプルな部屋は、大きな窓から見渡せる庭をより一層引き立てるためだろう。
薔薇の咲き誇る庭は、窓枠を額にした一枚の絵のように美しい。
その窓辺には、車いすに乗った白髪の女性がひとり佇んでいた。
もとから小柄ではあるのだろうけれど、いまにも砕けてしまいそうなほど細く、儚い雰囲気を漂わせている。
「こんにちは、夕雨子さん。二人をお連れしましたよ」
「……ありがとう、午来先生」
掠れた声で礼を言った彼女は、わたしの横にいる幸生を見るなり、ふわりと微笑んだ。
その笑みを見た瞬間、「ちがう」と思った。
何でも自分の思い通りにしなければ気が済まない、ワガママで身勝手な人ではない。
百歩譲って、昔はそうだったとしても、いまの彼女はちがう。