逆プロポーズした恋の顛末


「…………」

「四年前、わたしが余計なことをしたばっかりに、律さんと幸生くんから大事な父親を奪うことになってしまった。尽からも、父親として過ごせたはずの時間を奪ってしまった。本当に、申し訳なかったわ」


あっけにとられ、項垂れた夕雨子さんを見下ろしていたが、ふとアームを掴む手が震えていることに気づき、慌ててその身体を支えた。


「夕雨子さん、謝られるようなことは何もありません。あの時、別れることを選択したのは、わたし自身です」

「その選択をさせたのは、わたしよ。こんな口だけの謝罪では、とても償いきれないわ。過ぎ去った時間は、二度と取り戻せないんだもの。わたしは……本当に、相手の気持ちを思い遣れない、自分勝手な人間だわ」

「そんな……そんなこと、ありません!」


相手の気持ちを思い遣れない身勝手な人が、病を押してまでわたしたちに会おうとはしないはずだ。

しかし、夕雨子さんは自嘲を滲ませた笑みを浮かべた。


「そんなこと、あるのよ。昔、言われたの。わたしはひとの気持ちがわからない人間だって。あの時は、そんなことはないと腹を立てたけれど……年を取って、周りのこと、自分のことがよく見えるようになって……その通りだったと思ったわ」


もしかして、彼女にその言葉をぶつけたのは所長ではないか。
そう思ったが、遠くを見るように庭へと視線を転じたその横顔が、あまりにも悲しそうで訊けなくなる。


「あの時のわたしは、律さんのようにステキな女性ではなかったし、いまもそうね」

「わたしは、ステキな女性なんかじゃありません! 学歴も、家柄も、仕事も……誇れるようなものは何もないですし、尽の役に立てるわけでもありません。あの頃と同じで、少しも変っていなくて……」


四年前とちがうことがあるとすれば、「母親」になったこと。
けれど、それ以外では、医療事務の資格を取ったくらいで、四年前とほとんど変わりない。

夕雨子さんはゆっくりと首を横に振り、そんなわたしの言葉をやんわりと否定した。


「役に立つ、立たないの問題は、とっくに通り過ぎているでしょう? あなたと幸生くんは、尽にとってなくてはならない存在だわ」


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