逆プロポーズした恋の顛末
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アップルパイを食べて、みんなで写真を撮り。
幸生が「ゆーこちゃんに似てる!」と言って、エンゼルフィッシュ(らしきもの)を描いてプレゼントしたり。
夕雨子さんがお返しにプロ並みの薔薇の絵を描いてくれたり。
ほんの二時間程度の滞在だったが、幸生はすっかり夕雨子さんと仲良くなった。
帰りたがる素振りは微塵も見せない。
けれど、夕雨子さんの顔には、徐々に疲れの色が滲み始めていた。
午来弁護士と吉川さんを見遣れば、二人とも小さく頷いてみせる。
夕雨子さんと絵本を読んでいる幸生も、先ほどからしきりにあくびをしている。
帰ると言い出すのに、ちょうどいい頃合いだった。
「夕雨子さん。わたしたち、そろそろお暇させていただきますね。すっかり長居してしまって。幸生も寝落ちしてしまいそうですし……」
「そう……残念だけれど、確かに眠そうね」
「幸生、おうちに帰るわよ。夕雨子さんに、アップルパイと絵のお礼を言った?」
あくびをしかけていた幸生は、ハッとした様子で慌ててお礼を言う。
「言ってない! ゆーこちゃん、アップルパイおいしかったよ! バラの絵も、ありがとう!」
「どういたしまして。幸生くんも、エンゼルフィッシュの絵をありがとう」
「こんどは、グッピーの絵をあげるね!」
「ありがとう。会うのは難しいけれど、幸生くんにお手紙書くわね?」
「ぼくも書く!」
まだちゃんと字を書けない幸生の手紙は、判読不能な記号の羅列になると思われたが、夕雨子さんはニコニコ笑って「楽しみに待っているわね」と言ってくれた。
彼女に残された時間はどのくらいなのか、わからない。
彼女が、自分に残された時間を短いと感じているのか、長いと感じているのかも、わからない。
けれど、次に会えるのは彼女が亡くなった時かもしれないなんて、簡単に受け入れ、納得できるようなことではなかった。